治療法の実際



私の医院で行っている、かみ合わせの不調やあちこちの痛みなどの症状に悩む患者さんの治療法について説明します。

 一般的に保険で行われている治療に比べて、補綴の手順が複雑で驚かれることでしょう。しかし、それは安全に症状を解消するために必要な手順なのです。これほどの手間をかけないと、顎は「ずれて」しまうのです。逆に言えば、保険で行われている一般的なやり方、歯を削って、型を取って、咬合記録用のワックスを噛んで作った記録で補綴物を作って、被せると言った手順では、一定の比率で副作用が出ることは避けられないということでもあります。このような現実は、何とか早く改善されなければいけないと考えます。

説明が長くなりそうなので、項目立てをして書いていこうと思います。項目の次に簡単な説明文を付けておきます。本文は順次アップしてゆきます。


診査 先ず始めに、現状を把握するために経過を問診し、次いで現在の症状についての診査をします。
一次診断 症状の原因を特定します。顎位のずれが原因と思われる場合は、どのように顎がずれているかを特定します
顎位の確認 診断に従って正しい顎位に誘導して、症状が消失するかどうか確認します。スプリントに似た床装置を使います。
疼痛、不定愁訴の治療 最も重要なプロセスです。装置を使用して症状を治療して行きます。装置使用時の全身のトリガーポイントの反射を用いて調整を繰り返します。外側翼突筋への浸潤麻酔を併用することもあります。
二次診断 補綴顎位の割り出し 3のステップで決めた顎位は高さが高すぎますので、それを基に望ましい高さであり、同時に機能的に調和がとれて、更に症状がない快適な顎位を決定します。
仮補綴 上で決定した顎位で咀嚼できるように作った仮の補綴物を装着します。
最終補綴 仮の補綴物で問題がないことを確認して、耐久性と審美性のある最終補綴物に置き換えます。







ACR1992











アメリカリウマチ学会線維筋痛症診断基準の圧痛点











診査


1)
                         
問診
これまでに起きた症状、その時受けた処置とその結果、現在の症状、治療したい症状などについてお伺いします。受診前にメモにまとめておいて頂けると理解しやすいので助かります。

2)歯列の視診
歯列の形態、う蝕の状況などの一般的な診査です。ただし、歯列の形や歯の当り具合は顎関節症との関係は薄いことが知られているので(文献1)、特に重要な検査というわけではありません。

3)筋の診査
a)
 圧痛点と発痛点の診査
咬合に関する問題では、歯や顎関節に出る症状以上に咀嚼筋群の症状が重要な意味を持ちます。特に顎関節症の予後の推定をするに当って、圧痛点と発痛点の状態は最も重要な要素です。
 大規模な疫学調査の結果によると、顎関節症の90%は比較的短時間に症状が消失し、スプリントによる治療が有効な予後良好なもの(文献2)ですが、残り10%は慢性化、重症化し、スプリントの効果がない予後不良のものです(文献3)。この予後不良のタイプは線維筋痛症と共通する筋症状があり、顎関節症の予後と線維筋痛症とは関連があるだろうと言われています(文献4)。私の医院でも、アメリカリウマチ学会線維筋痛症診断基準(写真)を顎関節症の予後推定と治療方針の決定のため使っています。




更に詳しく知りたい方に、このページの参考文献

文献1

著者:Heli Forssell, Eija Kalso , Pirkko Koskela

論文題名:Occlusal treatment in temporomandibular disorders:a qualitative systematic review of randomized controlled trials

掲載紙:Pain 83(1999) 549-560

文献2

著者:Greg Goddaed ,和嶋 浩一 、井川 雅子

署名:TMDを知る (クインテッセンス出版)

文献3

著者:Karen G Raphael, Joseph J Marbach

論文題名:Widespread pain and the effectiveness of oral splints in myofascial face pain

掲載紙:Journal of America Dental Association Vol. 132, March 2001 305-316

文献4

著者:James Fricton

論文題名:The Relationship of Temporomandibular Disorders and Fibromyalgia:

Implications for Diagnosis and Treatment
掲載紙:Current Pain and Headache Reports 2004,8:355-3




一次診断、顎位の診断1


かみ合わせの異常には2種類あります。一つは歯をしっかりかみ合わせた時にどの歯も均一に当たるかどうか、側方運動で干渉がないかという意味のかみ合わせです。もう一つは、しっかりかんだ時の上下の顎の位置関係が適正かどうか、と言う意味のかみ合わせの問題です。どちらも、咬合時の違和感、どこかの歯が高い、または強く咬合するように感じる原因となります。

 

前者の意味のかみ合わせの診査は一般的ですが、後者の意味のかみ合わせの診査は余り行われません。歯科医学的には「中心位と咬頭嵌合位の不一致」と呼ばれるこの種の咬合上の問題の診査が余り一般的ではない理由は、
中心位」つまり「望ましい顎の位置」の決定法が未解決の問題だからです。

 

昔は「中心位」は下顎骨の関節頭が関節窩の後上方にある状態とされていましたが、これは便宜的に決められていただけであって、その位置に関節頭を誘導すれば症状が改善すると言う根拠があって決められていた訳ではありません。あくまで便宜的なものです。中心位の定義はその後何度も変更されていて、結局、現在はどの定義も正しいとする根拠が無いと考えられて、補綴学会では「中心位の定義は保留」としています。

私の行っている顎位決定法は、咀嚼筋群と頚部の筋のテンダーポイントの反射を利用した方法です。
この手法の高い成功率については、2005年の第49回日本リウマチ学会線維筋痛症セッションで報告しました

  






photo3





写真1


photo4





写真2

MPA






写真5 治療装置

一次診断、顎位の診断2

さて、顎のズレの方向はわかりましたので、今度はズレの量を調べます。顎関節症は線維筋痛症と同じ中枢性感作症候群であることは先に述べました。顎のズレ、すなわち口腔の固有感覚受容器が中枢神経に感作を引き起こしているので、中枢性感作症候群のメインの症状の変化を目安に顎位を決めます。写真3がその様子です。上下の歯牙が接触してしまうと顎が自由に動きませんので、細い木の棒か薄い木の小片を軽く咬んでいただいて顎を誘導します。


方向と誘導量はトリガーポイントの触診で決めます。トリガーポイントが消失する顎位へ誘導できたら、その位置を記録します(写真1)


写真2の状態で症状が明確に改善したら、例えば痛みが消えたり、手足に力が入るようになったり、歩けるようになったりするのですが、この咬合記録を基に顎を誘導する特殊なスプリント装置を作ります(写真5)。普通のスプリントとは違い、この装置には歯の形に凹凸があり、顎を特定の位置に誘導して固有感覚受容器からの異常な求心性信号を抑制します。

一日に30分から45分、この装置を使い顎の筋のリハビリをします。
疼痛、不定愁訴の治療 


治療装置を使い始めると症状は急速に改善し始めます。一番はじめに起きる変化は痛みが薄れてゆくこと。長い間、慢性疼痛に悩まされてきた患者さんは、一日30分使ってこれだけ治るのだから、治療装置をもっと長く使って、もっと早く楽になりたいと考えたり、早く歯に手を付けてほしいと希望されたりします。気持ちはよく分かりますが、焦りは危険、ここは慎重に治療を進めましょう。この治療は対症療法ではなく、体を根本から治す療法ですから、症状が取れるだけでなく体が正常に戻って来るのを待つ時間が必要なのです。

治療期間中には、月に2〜3回のペースで装置の調整をします。調整箇所の決定は筋のトリガーポイントの変化を調べて行います。特に症状の強い場所のトリガーポイントの変化は、重点的に調べます。顎口腔系に起因する中枢感作の原因として最も頻度の高い外側翼突筋への浸潤麻酔を併用することもあります。この手法は鎮痛作用が高いだけでなく、筋の緊張が極端に強い場合でトリガーポイントの反射が調べにくい時に、治療装置の調整を容易にし、装置の効果を確実にすることに役立ちます。

 

痛みや筋肉の強ばりが消えていった後には、疲労感やむくみと言った症状が徐々に改善してゆきます。特に、顎から首にかけてのむくみが消失して小顔になります。姿勢も良くなってきますので、背が伸びたような印象を受けます。外見から受ける印象も変わって、活力が感じられるようになります。これらの変化には3、4ヶ月の時間がかかります。





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室見川の鴨








医院の近くの室見川には

水鳥が多くやってきます


顎位の確認 



このように治療装置で経過を見ることの目的は、体が正常に戻るのを待つだけでなく、気候の変化や様々な日常生活のストレスに体が耐えられるようになったか、この顎位が正解であったかを確かめる事も含まれています。歯に手をつける事は後戻りのできない治療です。慎重の上にも慎重である事が大切だと思います


  

治療装置での治療期間中に、この顎位で確実に体が健康になることが確認できたら、必要に応じて補綴処置に入ります。

「必要に応じて」と言いますのは、治療装置のみで問題が全く解決するケースが半数以上になるからです。筋膜系の痛みのもっとも重症の状態である線維筋痛症の患者さんでも、治療装置のみで全くの健康を取り戻すこともあります。








補綴物は精度を高めるために、実体顕微鏡下で作成します
2次診断、補綴顎位の割り出し



治療装置での治療の後で、補綴処置(クラウンやブリッジ、義歯、インプラントなど)をする場合は、治療装置での咬み合わせを、非常に精密に補綴物のかみ合わせとして再現しなければなりません。「非常に精密」と言うのは文字通り、ふつう行われている補綴とは比較にならないほどの高精度がいるということです。どれほど高精度が必要かは、実際に治療装置での治療を受けると実感できます。治療装置をほんの少し、厚さ数十ミクロン調整しただけで、それまで残っていた症状が「スパッ」と消えたりしますから、最終的な補綴物の山や谷の高さや形には、厳密な関係が要求されるのです。

補綴物を作るための第一歩は、顎位の決定です。治療装置は厚さが3〜4ミリありますから、このままの位置では高すぎて補綴物は作れません。高さを下げて、補綴可能な高さで、同時に症状が起きないバランスの良い位置を探す必要があります。



顎の動きは不安定なので、直接口の中で高さを下げると誤差が多すぎて上手く行きません。そこで、フェイスボーと言う道具を使って、患者さんの顎の開閉軸と、咬合器に装着した模型の開閉軸を近似的に一致させ、咬合器上で近似的な顎運動を行って、顎を誘導するガイドを作ります。そのガイドを使って閉口路を誘導しつつ、トリガーポイントを使った顎位決定テクニックで、顎位を誘導してゆきます。ガイドには誤差があるので、ガイドを調整します。調整が済んだら、その顎位の記録をとります。この記録は目的とする顎位より高いので、更に高さを下げる必要があります。そこで、先ほどと同じテクニックで高さを下げるため、新しい咬合記録で模型を咬合器に取り付けます。



これを数回繰り返して、補綴物の顎位を決定します。そして、この顎位で顎が安定するかみ合わせを持つ仮の歯を模型上で作り、左右同時に接着します。


仮の補綴物で顎を正しい位置で安定させたら、歯の山や谷の形を適正にする調整に入ります。この過程はオーリングによる咬合治療に似ています。オーリングでは天然歯を直接削って、害のある面を取り除きますが、私のやり方は、正しい位置に顎を安定させた後で、問題のある歯の面を調整します。顎に位置が大きく狂っている場合は、単に削るだけでは上手く行かないと思います。


私はオーリングで効果が無かった患者さんの治療をかなり経験していますが、おそらく、この点がオーリング治療の欠点ではないかと思います。 一般の咬合治療や補綴処置に比べてステップが複雑で、必然的に治療費が高くなってしまいますが、確実に治すためには、必要なステップ、複雑さです。