顎関節症
顎関節症の驚き
中学、高校の歯科検診項目にもなっているので、顎関節症と言う病名自体は、多くの人がご存知だと思います。顎関節症になると、口を開ける時に顎関節から音がする、顎が痛い、口が開けにくい、首が痛むなどの症状が出ることも、かなり知られています。インターネットで検索すると顎関節症の治療について説明のある歯科医院はたくさん見つかります。スプリントと呼ばれるマウスピースを使って治療することも、かなり知られているかもしれません。このように良く知られた病気なので、あなたは顎が痛くなったり、口が開かなくなったりしたら、歯科医院か、口腔外科のある病院に行けば、当然、しかるべき治療が受けられるものと思っていたはずです。しかし、いざ実際に診察を受けてみると、あなたは歯科医の説明や治療にショックを受けたのではないでしょうか?
一般的な顎関節症の治療法
診察をした歯科医は、特に治療法もないので痛み止めを出しましょうと説明しませんでしたか?簡単に型を取ってスプリントを作り、それを使うように指示されませんでしたか?スプリントを使って効果が感じられなくても、特に対処もなく、スプリントの調整を繰り返すだけだったのではありませんか?顎関節症の症状と一緒に始まった肩や背中の痛み、耳閉感、倦怠感、睡眠障害などについて説明を求めても、歯科医は困った顔をして「顎とは関係がないと思いますよ」と言ったのではありませんか?顎関節症と関連して起きているように感じられる体の不調を更に強く訴えた人は、歯科医から婉曲に心療内科の受診を勧められたかもしれません。改善の兆しもない症状はあなたを不安にさせ、消極的でなんとなく逃げ腰の歯科医の態度に、あなたは怒りを募らせたかもしれません。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?顎関節症とは、本当はどんな病気なのでしょうか?
科学的研究法で明らかにされたこと
90年代から行われた大規模な疫学的調査は、顎関節症の予後について新しい知識をもたらせました。90%のケースでは顎関節症の症状はそれほどひどくならず、自然に治癒してゆくことが分かったのです。しかし、残り10%のケースでは重症化、慢性化することも分かりました。重症化、慢性化するケースでは通常の治療法は効果がないことも分かりました。そして、こういった難治性の顎関節症患者は専門医のところに集中して受診する傾向があるため、一般の開業医は難治性の症例に出会うことは稀なのです。そのため、難治性の顎関節症に対する知識は一般的歯科医には普及しているとは言えない状況になっています。
2010年7月に日本顎関節学会がまとめた「顎関節所患者のための初期治療診療ガイドライン」によると、咀嚼筋の痛みを主訴とする顎関節症患者(痛みが顎に限定している症例)で、精神・心理的要因が原因でなく、症状の強さが中程度以下の場合はスタビライゼーション型スプリント(一般的なスプリント)を使用してもよい。(弱い推奨、強い根拠なし)となっています。弱い推奨、強い根拠なしですから、スプリントの有効性はさほど当てにならないということになります。
言い換えると、ガイドラインは現在のところ難治性の顎関節症どころか、通常の顎関節症においても有効性の確かな治療法が無いと言っていることになります。また、ガイドラインは顎以外に症状のある場合には、顎関節症の専門医でない一般医は一般的でないタイプのスプリントに使用をしないことが望ましい、としています。
難治性の顎関節症で一般医を受診すると
もし、あなたが難治性の顎関節症であったなら、あなたを診察した歯科医は、いつもと勝手が違う顎関節症にずいぶん戸惑ったことと思います。いつもは効果があるスプリントは役に立たず、鎮痛剤も痛みを制御できない。歯科医は困り果てたことでしょう。その困惑の表情は、あなたには頼りなく不誠実に見えたかもしれません。
もし、あなたが顎関節症について書かれたインターネット上の情報を読んでいたなら、顎関節症は治るものだと思っていたでしょう。
しかし、一般の開業医が書いたそれらの情報は、予後の良いタイプの顎関節症に関するもので、難治性の顎関節症には当てはまりません。インターネットで得た知識に反して症状が改善しないのですから、あなたは歯科医の腕が悪いとか、なんて勉強不足な歯科医だ、などと思って、腹が立ったかもしれません。
予後の良し悪しばかりでなく、スプリントが効く顎関節症と、効かない顎関節症が存在することが確認されたのは、21世紀に入ってからのことです。驚くほど最近のことなので、この知識が日本の歯科医の間に広がるには、まだかなりの時間が必要になるでしょう。
新しい研究
一方、スプリントが効かない難治性顎関節症のメカニズムについての研究も、急速に進んできました。数年前に、アメリカリウマチ学会のメンバーを中心とした線維筋痛症の研究者たちは、顎関節症と線維筋痛症では「中枢性感作」と呼ばれる共通の異常現象が起きていることを突き止めました。線維筋痛症とは、全身の激しい痛み、睡眠障害、気分の落ち込み、集中力の低下、過敏性大腸炎、激しい生理痛などの症状を持つ病気ですが、スプリントの無効な顎関節症は線維筋痛症移行型の顎関節症であることも分かりました。これも、最近のことです。


