はじめに
21世紀に入って、顎関節症、線維筋痛症、筋筋膜性の腰痛、肩、首の慢性疼痛、慢性疲労症候群、過敏性腸症候群、ムズムズ足症候群はCentral Sensitization(中枢感作)と呼ばれる中枢神経系の疼痛過敏が、その発症に深く関与しているということが明らかにされました。
この最新の医学的知見に基づくと、顎関節症治療の新たな方向性が見えてきます。
従来、顎関節症のかみ合わせ治療といえば、目に見える歯列の形態を修正したり、歯の当たり方を均質になるよう修正するものでした。このようなかみ合わせの治療は、顎関節症の発症メカニズムに関する科学的な理解が不十分なままに行われてきたために、顎関節症難民とでも言うべき患者群を作ってしまいました。
しかし、線維筋痛症研究の進展に伴う波及効果で、顎関節症の痛みや全身症状に波及するメカニズムに中枢神経系の関与が明らかにされてきた現在は、顎関節症の治療にその知識を応用するべき時といえるでしょう。
▶日本線維筋痛症学会のホームページに全国の線維筋痛症治療を行っている医療機関の情報があります。
診療のポリシーについて
安全性と確実性は医療において最も優先されるべき要素です。しかし、全身症状を伴う顎関節症や線維筋痛症のような未解明の疾患では、実現が難しい要素でもあります。
わたしたちは、あえて、この困難に正面から立ち向かっています。特に次の点に力を注いでいます。
1)治療開始前の診断を重視します。症状が顎に関係しているかどうか の診断を重視し、治療開始前に症状と顎の関連を証明する診断法を 開発し、進歩させるよう努めています。
2)歯を削ったりクラウンを被せるなどの口の中に変化を与える処置は、その処置によって病気が改善することが確認できるまで行いません。それは、この病気が非常に重い症状を引き起こすことがあり、僅かな口腔の変化が、恐ろしいほどの影響を持つことを熟知しているからです。
3)脊柱のX線撮影や膠原病などの血液検査を含む整形外科的診査と診断を近隣のリウマチ科医(日本線維筋痛症学会会員)に、慢性疼痛によくみられる甲状腺機能障害については甲状腺専門医と連携しています。
また、市外になりますが、日本線維筋痛症学会会員の心療内科クリニックとも連携して診療ができます。
診療について
頭痛、腰痛、肩こり、ありふれすぎていて誰でも年をとればなるものと思われがちの病気ですが、原因となるメカニズムについて、これまで信じられてきたことを覆す新しい考えが広まってきました。それはMyofascial Pain(MPS, 筋・筋膜痛)と言う考え方です。この概念の最初の研究者は1960年代のホワイトハウス所属の医師で、ケネディ大統領の主治医だったDr.Travell です。その後の研究で、MPSの正体が徐々に明らかにされると同時に、罹患率がとても高いことが分かってきました。ウィスコンシン医科大学の Dr.Nathan、J.Rudinの研究によると、筋骨格系の痛みの内、37%から85%はMPSが原因だということです。
さらに、近年の研究によって腰痛、肩こり、顎関節症、緊張型頭痛などの筋・筋膜痛はFibromyalgia(線維筋痛症、FMS)と関係が深いこと、筋・筋膜痛と線維筋痛症(FMS)が連続した疾患である、言い換えれば極端に悪化した筋筋膜痛が線維筋痛症(FMS)であると考えられるようになってきました。
頭痛の研究で名高いイギリス、ハル王立病院のJ.M.S. Pearce博士は、2004年のヨーロピアン・ニューロロジィ誌で「筋・筋膜痛、線維筋痛症(FMS)、慢性疼痛症候群そして顎関節症は、異なった診断基準で規定された状態ではあるが、共通の人口統計学的、臨床的特徴、特にテンダー、トリガーポイントと言う共通項を持つ。」と述べ、これらの疾患を統一的に扱うべきであるとの考えを示しました。
具体的には、慢性的な肩の筋の痛み、慢性的な腰痛、慢性的な足の筋痛などは単独に起きるだけでなく、相互に関連して起きる場合があり、場合によっては体のいろいろな部位に痛みが拡がることがあります。そして、痛みが拡がるにつれて睡眠障害、抑うつ傾向、注意力の低下、原因不明の微熱、大腸炎、膀胱炎や疲労感、意欲の低下などの症状が出始めます。
歯科分野の筋・筋膜痛症候群である顎関節症は線維筋痛症(FMS)と特別な関係があるからです。そして、かみ合わせによっておきる全身の不快症状、不定愁訴、抑うつ、めまい、慢性疲労、過敏性大腸炎、睡眠障害は線維筋痛症によるものと考えられるからです。
顎関節症は顎が痛み、口が開きにくくなる病気ですが、顎の症状と同時に肩や首や背中にも痛みを感じることがあります。こういった全身症状や不定愁訴と顎関節症の関係についてはたくさんの研究が行われていますが、現在のところ、関係性と治療法に関しての専門家の間でのコンセンサスは形成されていません。
その結果、ほとんどの大学病院を含む多くの医療機関で、顎関節症の顎の症状と、いわゆる随伴的全身症状は別個の疾患として取り扱われることになっています。しかし、統計的には顎関節症患者の10%に肩の痛み、首の痛み、腰痛、睡眠障害などの随伴症状があると言われていますので、多くの患者さんたちが行き場を無くしている深刻な現状があります。
特にかみ合わせの異常によって起きる首の痛みは頻度が高いものです。しかし、首は顎よりも痛みを強く感じやすい傾向がありますので、首の痛みに目を奪われて顎の症状に注意が回らないケースも多いようです。その結果、首の病気として治療を受け,なかなか回復せず困っている患者さんを見受けます。このような気の毒な状況も、顎と首の関係が明確にされていないために起きてしまうのです。


